日本人だけが持っている感性を大切にしたい
日本には、接遇において世界に誇れる「おもてなし」の文化があります。
その根底には、日本人ならではの繊細な感性があると私は思っています。
例えば、こだわりを持って料理を提供している飲食店。
ラーメン屋さんの場合。
店主は、お客様の口に入るその瞬間を想像しながら、麺の茹で加減やスープの温度を細かく調整しています。その「一瞬」を大切にしています。
焼き鳥屋さんなら、お客様の性別や体格などを見ながら、串に刺す部位や大きさ、塩加減、提供する順番まで細かく考え、一串ずつ焼き上げます。
お寿司屋さんでは、ネタによってシャリの大きさを変え、お客様の口の大きさや好みに合わせて、一貫ごとに細かな調整をしています。
どのお店も、「料理そのもの」だけではなく、「どのように食べられるか」まで想像し、その一瞬に最高の状態を届けようとしています。
では、そのラーメンが提供されたあと、長時間写真を撮り、おしゃべりを楽しんだ末に、伸びてしまった麺や冷めたスープを店主が見たら、どのような気持ちになるでしょうか。
焼き鳥が「シェアしたいから」と串から外されてしまったら。
その方のために握った寿司を、「半分に切ってほしい」「ネタとシャリを分けて食べたい」と言われたら。
料理人はきっと複雑な気持ちになるはずです。
KONdA to(コナト)も同じです。
私は粉選びから始まり、自家製のパンを焼き、一人ひとりのお客様が「かぶりつく」ことを想定して、すべての具材を選び、バーガーを組み立てています。
パティは100枚焼けば100枚すべて味や食感が全く違います。
もちろん、ベーコンやレタス、トマトも一つとして同じものはありません。
だからこそ、お客さん一人ひとりに合うであろう具材をセレクトし、高さ、重なり方、食材の順番、ソースの量、さらにはバンズの上下の焼き加減まで細かく調整しています。
すべては、その方の一口目から最後の一口までを考えて設計しているからです。
だからこそ、フォークとナイフで食べることを前提とした料理ではありません。
もちろん、食べ方を強制することはできません。
ですが、それでは私が届けたい体験とはまったく違うものになってしまいます。
正直に言えば、とても残念で、悲しい気持ちになりますし、コナトでなくても美味しくいただけるバーガー屋さんが沢山あるのでそちらを利用して欲しく思います。
バーガーは、もともと効率性や生産性を重視する食文化として日本に広まり、そのイメージが定着しています。
一方で、日本にはラーメンや寿司、焼き鳥のように、一人ひとりのお客様に合わせて料理を仕上げる文化があります。
現在では、それらにもチェーン店や回転寿司のように効率を重視した業態があり、多くのお客様に支持されています。
私自身も、チェーン店のラーメンや焼き鳥、回転寿司は大好きです。
チェーン店にはチェーン店の魅力があります。
そして、カウンターで職人が目の前で握る寿司や、一杯ずつ仕上げるラーメン、一本ずつ焼き上げる焼き鳥には、そのお店でしか味わえない価値があります。
どちらが良い、悪いではありません。
価値がまったく違うのです。
私は、ハンバーガーも同じだと考えています。
効率や手軽さを楽しむバーガーもあれば、一人ひとりのお客様に合わせ、「どのように口へ運ばれ、どのように感じてもらうか」まで考えて作るバーガーもあります。
その違いが、これからもっと多くの方に伝わり、一つの文化として理解されるようになれば嬉しく思います。
それこそが、日本人の感性を活かしたオリジナルのハンバーガーだと私は考えています。
日本人が昔から大切にしてきた、相手を思い、目には見えない部分にまで心を配る感性。
私は、その感性をこれからもハンバーガーという一皿に込めて届けていきたいと思っています。
